〜自分だから伝えられることがある。ガンを克服した元プロ野球選手が見つけた、ファイナンシャルコンサルタントとしての使命〜​

​2013年、ドラフト6位指名で横浜DeNAベイスターズに入団。プロ野球選手という長年の夢を叶えた山下峻が、引退を機にイコールワンへ入社した。マウンドを去ったサウスポーがなぜ新たな舞台にイコールワンを選んだのか。決断の裏側には、中学時代に経験した壮絶な闘病体験があった。今まさに人生の転換期を迎えた若きビジネスマンの過去と未来をここに告白する。

<プロフィール>

山下 峻(やました・しゅん)

1991年生まれ。広島県出身。小学生時代はソフトボールの投手として地元チームを県大会3位へ導く。高校時代は、3年生夏の選手権広島大会で、背番号10ながら全試合で先発投手を務める。その後、二宮至監督(当時)に見込まれ、松本大学へ。徐々にその頭角を現し、2013年、ドラフト6位で横浜DeNAベイスターズに入団。16年、退団。イコールワンへ入社。

突然の小児ガン宣告。辛い闘病生活の支えが、もう一度野球をすることだった。

僕の転機は、中学1年生の夏。そこで小児ガン(白血病)だと診断されました。闘病生活は、ちょうど2年。間違いなくあの頃が人生で一番苦しい時期でした。もう一度同じ病気で入院しろと言われたら絶対に治療は受けたくない。それくらいキツかったです。

 

特に辛かったのが薬の副作用。熱とだるさが延々と続いて、毎日吐いていた。口じゅう口内炎ができて、とても食事なんかできないし、顔はぶくぶくと丸くなって、髪も抜け落ちる一方。ある日、ふっと鏡を見たら、まるで別人のような顔をした自分が目の前に映っていて。あのときはさすがに心が折れそうでしたね。こんなの自分じゃないって、何もかも投げ出したい気持ちになりました。

 

治療の甲斐があって、半年で無事退院。そこから1年半は通院しながら、少しずつ学校にも通いはじめました。けど、半年も寝たきりだったから、身体はすっかり弱っていて。ちょっと走っただけで足が疲労骨折するくらい、ボロボロの状態でした。

 

でも、そこで諦めるわけにはいかなかった。僕には元気になったらやりたいことがあった。それが、野球です。初めてボールにふれたのは小4のとき。当時はソフトボールで、中学に入ったら本格的に硬式野球を始めるつもりでした。入院中も唯一の楽しみは、野球のゲームや漫画。もう一度野球がしたいという想いを支えに、身体の調子を見ながら、少しずつ筋トレや走り込みを始めました。

プロ3年目で戦力外通告。病気になった経験を、人のために活かしたい。

そこから高校、大学と野球を続け、横浜DeNAベイスターズに入団。ずっと憧れていたプロ野球選手という夢を叶えることができました。高1の頃は、病気のブランクもあって、90km/hしか投げられなかった僕が、プロの夢を掴むことができたのは、誰よりも負けず嫌いだったから。病気をして以来、大好きな野球で負けたくないという気持ちがあった。だからとにかく練習したし、球速を上げるために肉体改造にも取り組んだ。

 

実は僕、ずっと誰にも自分が小児ガンだった過去を話したことはなかったんです。ようやく人に話せるようになったのは大学3年生ぐらいの頃かな。それまでの間はチームメイトにさえ言わなかった。たぶんそれは病気を言い訳にしたくなかったし、病気を理由に人から特別扱いされるのも嫌だったから。今思えば、病気という逆境が、僕を強くしてくれた。病気が、今の僕をつくってくれたんだと思います。

 

残念ながらプロでは怪我が相次ぎ、一度も一軍で投げる機会がないまま、入団3年目で戦力外に。僕はユニフォームを脱いで、新たにイコールワンで営業としてやっていくことを決めました。どうして保険という舞台を選んだのか。それはやっぱり自分が病気と闘い、乗り越えた経験があったから。僕があの病気で学んだのは、自分はたくさんの人に支えられて生きているんだということ。だから今度はその感謝を自分が他の人に返す番だと思った。病気で苦しんだ経験を持つ僕だからこそ、伝えられる言葉がある。そのために今、新しい舞台で挑戦を始めています。

保険は大切な人を守るためにある。その想いを伝えるために走り続ける。

正直、これまで野球しかしてこなかったからビジネスのことなんて何もわからない。特に金融商品は専門知識が欠かせませんから覚えることだらけ。そういったこの仕事に必要なことを全て学べる環境が目の前にある。。

 

僕たちの仕事は、自分の言葉で相手の心に届けることができなければ、いい提案はできません。でも正直に言うと僕は人と話すのが得意じゃない。そんな話下手な僕に、どうすればより相手に伝わるか、身振り手振りから声のトーンまで、ひとつひとつ熱心に会社の先輩たちが教えてくれた。こういった環境があったから野球選手からビジネスマンへの一歩を踏み出せたんだと思います。

 

初めての契約は、営業デビューから1週間が過ぎた頃。もちろん契約が決まったことは嬉しかったけれど、それ以上に胸に沸き上がってきたのは、僕はこれから先ずっと目の前のこの人に恥じない人間であらなければならないんだという責任感でした。お客様は、僕を信じて、自分の将来設計を託してくださっている。その期待を裏切ることだけはしちゃいけない。じゃあ、どうすればいいかと言うと、コンサルタントとしてもっと成長し続けること。男として信頼に足る人物であり続けること。それだけだと思います。

 

契約は、仕事であると同時に、僕とお客様との間で交わした未来に向けた約束なんだって。その約束に応えるために、もっと自分を磨いていかなくちゃいけないと思えたことが、入社して半年の中でいちばん大きな出来事でした。

 

病気をした僕だから伝えられること。それってたくさんあると思うんです。たとえばお金のこと。僕の場合はまだ中学生だったこともあり、助成制度のおかげで経済的負担はかなり抑えられましたが、それでも生活面で相当親に負担はかけていたと思います。両親は共働きになり、母は毎晩病室に泊まり込みで面倒を見てくれて、朝になるとそのまま仕事へ。そこから家の用事もすませた上で、また病室に顔を出すという生活を、半年間繰り返していました。あの頃はまるで感謝できていなかったけれど、今ならどれだけ大変だったか容易に想像できる。病気になった人の気持ちも、家族の気持ちも、リアルに感じられるのが僕の強み。

保険は何のためにあるのか。そう聞かれたら、大切な人を守るためだと僕は答えたい。

病気にまつわるお金のことで苦しむ人を一人でもなくすことが、今の僕の使命。

そのためにこのイコールワンでできることはきっとたくさんあると思う。僕だって病気になるまでは、自分が病気になるなんて想像すらしたことなかった。でも、それが自分の身に降りかかってくることは実際にある。

だからこそ、万が一のことを考えた最良のプランを提案できると思うし、病気にならなかった場合には、払い込みを終えしっかりと資産形成が完了している状況になるようにプランニングしておく。

自分の経験を持って実感したからこそ、人生とお金に向き合う大切さを、出会うお客様すべてにしっかりと伝えていきたいです。

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